bh飯島・関連書籍&DVD当時のエピソード・Part1『自分のサロンを持つ!』
11/25に発売した新著書を手にして、改めて今まで飯島が携わった書籍をすべて並べてみた。色々やってきたのだな・・・この機会に、しばらく連載で各書籍のエピソードを語ります。
それこそ店舗デザイナーとして生きていた頃には、こうして何冊も本を出版するようになるとは想像もしていませんでした。一番最初に「部分監修」の依頼が飯島の元に入ったのは「自分のサロンを持つ!」2006年発売の本でした。
美容師さんなら知っていると思いますがPREPPY(現在の枻出版)が、世に始めて独立開業のムック本を出版するということで、当時神宮前にオフィスを構えていたbh飯島の元に依頼してきたのです。
しかし、この頃、なぜに美容雑誌の代表格であるPREPPYさんともあろう会社が、当時からほぼ一人きりで経営しているような飯島の極小会社(今もだけど)にそんなたいそうなオファーをしてきたのかを、不思議に思い、当時も質問したものです。
2000年に創業したbhは、美容室や理容室にターゲットを絞って経営していたわけではありません。(これは今も同じ)
むしろ飲食店や物販店をはじめ、どんな業種のお店でも、「はじめての小さな店舗を持つために」と、安全な店舗開業のノウハウを発信していました。
事実、創業の時から理美容室の依頼も請けていましたが、実は圧倒的に、理美容業以外のプロデュース案件の方が多かったのです。
居酒屋、ショットバー、マッサージ店、レストラン、ギャラリー、服飾店、スポーツジム、カラオケ店などなど・・・まぁ色々やりました。
ただ、bhは、創業当時から、今も変わらず発信しているスローガンがありました。
『開業したら最低でも10年以上の健全経営を前提とした開業にするべき!』
そして、そのためのノウハウを、長年やってきた店舗デザイン設計者の視点で、当時のホームページに大量なノウハウを公開していたわけです。そう、それこそ、今回発売に至った書籍の内容と同じ様なコア情報をすべて公開していたんです。
そして、2000年創業時の頃から関わった理美容室が、どの店も潰れることなく、非常に健全な経営のラインに乗り、成功していたところをPREPPYさんが事前にリサーチし、あえてこの業界の大手会社ではなく、飯島に焦点を定めて依頼してきたのです。
そして発売されたのがこの本「自分のサロンを持つ」
ただ、この本は書店では購入できず、PREPPYを置いているヘアサロンで注文して購入するというスタイルのムック本でした。
ちなみに、PREPPYさんは、こうした“独立開業向けのムック本”を実現させるのに、確か8年ぐらいかかってしまったという話を当時聞かせてくれました。その理由は、読者対象は現在ヘアサロンに勤務している従業員の理美容師さんたちです。
しかし、その購入ルートは自分が属している店経由でしか買えないわけです。だから、この本を買おうとする理美容師の行為は、独立を視野に入れていることをオーナーに明かすこと、また、店のオーナー側としては自分の店の大事な従業員に対し「余計な事を吹き込まないでくれ」となるわけです。
そもそも、この企画、PREPPY側に寄せられる「独立開業のマニュアル本を出してほしい」という全国の理美容師さんからのリクエストの多さが始まりだったと言います。しかし、それを実現することが大変だった理由が、そんなナーバスな事情が関与したということでした。
しかし、出版側としては、やはり読者の要望第一という判断に至ったということで、この本の出版計画が始動した。その同じタイミングで、どういうわけか飯島に部分監修の依頼が舞い込んだということ。
そう、『部分監修』なのですから、書籍の内容の一部のみ・・・
というのが、最初の話でした。
この本、もう22年前の事なのだから、ホントのことお話ししちゃいますね。
実際のところ、飯島が、ほぼほぼ全監修に近い関わりだったんです。
原稿が進むに連れ、当時のPREPPYさんの近所にあったbhのオフィスには、しょっちゅう制作チームが訪れ、原稿の内容をチェックしてほしいと言われ、対応していました。
実際、一番苦労したのは、税理士、社労士などの士業の人たちが提供したノウハウと、飯島が伝えているノウハウの大きなズレでした。
読者にとって間違いなく混乱するであろうノウハウに、制作チームは困り果てて、ちょいちょい飯島に助けを求めに来たものでした。
では、どのようなズレが目立ったかというと、まさに飯島がよく言う、ノウハウの内容がターゲットに向いていないことでした。
士業の先生方は、「売上目標×◯%までの額なら家賃は許容範囲」というような数式を語ることがよくあります。
しかし、その◯の部分の数字が明らかに『小さな個人開業者向け』のものではなかったのです。どう考えても、中規模〜大規模美容室の基準で語られており、原稿はその数字が書かれていたのです。
制作チームは、「飯島さん、この数式でも大丈夫ですかね?」というような質問をセクションごとに投げかけてきたのです。
初期の段階から、飯島は制作チームに問いただしました。
「そもそもこの本は、1〜2人ぐらいで経営するような小規模店舗を持ちたい人に向けた本?それとも5〜10人ぐらいで経営する大きめな店舗を持ちたい人向けの本?」
答えは明白、前者が間違いなくターゲットだと制作チームは言いました。
であれば、士業の人たちのノウハウは、間違えたアドバイスになってしまいますよ!
飯島の意見としては、「売上目標×◯%までの額なら家賃は許容範囲」
この◯%という基準こそ危険であり、表記すべきではないと伝えたものでした。
しかし、飯島以外の情報提供者である各方面のプロの情報を使わず、消してしまうわけにもいかず、
「飯島さんなら何%としますか?」
「・・・」
「%で聞かれるなら、◯%の半分以下と答えるしかないです」
このような問答が何度も繰り返されました。
結局、この◯%のお話の結論ですが、士業のプロが提示した数値、半分以下と言った飯島の数値、結果的にはその中間の数値が実際の本に記載される始末でした・・・
実際、このような、当たり障りのない中立的なノウハウに寄せた箇所が多くなり、飯島としては「なんだかなぁ・・・」という残念な仕上がりだったことは否めません。
この時の「部分監修依頼を請ける」という行為は、多方面の複数の情報が入り交じり、結果曖昧なノウハウ発信となり、非常に良くない教訓になったエピソードだったのです。
とはいえ、実際この本、蓋を開けてみたらかなり評判で大ヒットの報告をもらいました。誌面には、実際に飯島のプロデュース下で開業した女性美容師さんの取材も含まれており、大変な反響がありました。実は、この掲載店の女性美容師さんこそ、折りに触れお伝えしている2店舗のみの退店事例の一つなのです。
『結婚、子育による里帰りで大繁盛のまま店を閉めたお店。2003年開業の「咲朴香」でした。この店は8年運営後、オーナーだった田中君枝さんは、知人に店舗を譲り故郷の新潟に帰っていきました。このお店のお別れ会にも飯島は呼ばれて参加しましたが、お客様の多さに驚かされましたし、皆、泣きながら田中さんとの別れを惜しんでいました。それほどまでに流行っていた店で、とても人気が高かったことが伺えました。』
さて、この本ですが、実際に発売されたのは2006年2月でした。『部分監修』のオファー自体は当然その手前の時点、2005年でした。
そんな時系列となるため、本の監修作業とほぼ同時進行でもう一つの企画を引き受けておりました。
それが本より一足先に発売されたDVD「ビューティービデオマガジン」でした。
月刊号のvol.70とvol.71の2号連続で、当時飯島が手掛けていた理美容室の開業案件が紹介されたのです。特にvol.71号の方では、ちょうど開業計画の真っ只中にあった桶川の理容室wagの開業計画に密着取材が入り、20分におよぶドキュメンタリーが紹介されたのです。
次回につづく
誌面に掲載された当時20代だった女性美容師田中君枝さんの最初に受けてもらったのは「ヘアサロン開業ノウハウレクチャー」でした。
2000年創業時からずっと続けているこの講義の内容を始めて完全書籍化したのがこれ!
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